2012年3月10日土曜日

RIETI - 米国の経常赤字が持続可能ではなくなるとき

RIETI - 米国の経常赤字が持続可能ではなくなるとき

世界の経常収支をめぐる3つの「異常」

最近7〜8年――より正確には米国のニューエコノミーの登場と1997年アジア危機以降――世界の経常収支インバランスは異常である。通常の経済学では解きにくい「異常」な現象がいくつかみられるからだ。

第1に、米国の経常収支赤字は2005年には8000億ドル、GDPの7%近くに達した。それでもドルは平静だ。これは「異常」である。大騒ぎした85年のプラザ合意のころの米国の対外赤字はGDP比でせいぜい3.5%だった。85〜87年にドルは暴落し、日本円は1ドル=250円→120円と2倍になった。ところが今日すぐには、ドルの暴落がありそうもなく、この米国の膨大な対外赤字が「持続可能」にみえるのは「異常」である。

第2に、国際資本が、世界経済の周辺国から中心国(米国)に流れているのも「異常」である。伝統的な経済学では、国際資本は資本蓄積が豊富な先進国から、資本形成が旺盛な成長の高い途上国に流れると考えられている。グローバリゼーションが非常に進んだ19世紀の後半にも、国際資本は中心国の英国から周辺国の米国、カナダ、オーストラリア、アルゼンチンなどへと流れた。今日こうした周辺国に相当するのはいわゆるエマージング経済国だが、そのエマージング経済国が中心国・米国の経常収支赤字の半分近くをファイナンスしている。

第3の異常な点は、米国の経常収支赤字の主たる原因が、米国の家計部門の貯蓄率の低さ(最近はゼロからマイナス2%)と政府部門の赤字(GDP比3.5%)にあることは誰もが認めるが、これだけなら米国の実質長期金利は相当高くなっているはずなのに、実はその逆に低いことである。この2年近く、連邦準備制度理事会(FRB)の政策金利(短期)は1.5%から4.75%へ引き上げられてきたが、長期金利(10年物国債)は4.5〜5%であり、4月に入ってようやく5%を超えた。インフレは2〜2.5%だから、実質金利は2〜3%と低い(平常は少なくとも4%)。これを米国以外の国々の過剰貯蓄のせいだとみる考えがある。だが、世界の過剰貯蓄は世界の総供給(GDP)に比べ世界の総需要(投資プラス消費)が不足していることを意味するので、この考えは、世界経� ��がこの2〜3年、好況を享受している現実と整合的ではない。

こうして、今日の世界の経常収支不均衡には巨大なパズルが多い。それに加えて、あるいはそれゆえか、どういう経済政策がこの不均衡の是正にどのくらい役立つかの処方箋を書くのも難しくなっている。本稿では、私なりにこうした異常性やパズルの原因を整理し、政策的処方箋を考えてみたい。

米経常赤字の持続性を支える海外民間資本

第1の、米国の膨大な対外赤字の「異常な」「持続性」について、その原因は次の2点にある。

1つは、米国のニューエコノミーによって、95年以降今日まで、それ以前の時期(72〜95年)に比べ、労働生産性の上昇率(年率)が1.5%弱から3%近くへ高まり、全要素生産性(技術・経営の革新による生産性上昇率)も0.4%近くから1.1%以上へと高まっていることだ。これはIT分野それ自身の発展のみならず、ITの技術革新を積極的に利用する小売り・卸売り、金融サービスの発展によるところが大きい。

90年代末のITバブルの崩壊で、ニューエコノミーも終焉するとの観測が多かった。しかし最新の研究によると、95年以降の生産性の高い上昇率は、今日まで依然として続いている。したがって米国経済の潜在成長率(年率)はニューエコノミーの下で、3〜3.5%となり、日本やEU先進国の1.5〜2%の2倍近く高い。全要素生産性の上昇率の高まりはまた資本の利潤率を高める。


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経常収支赤字の「持続可能性」は、その赤字を賄うに十分な金額の海外の「民間」資本が流入してくるかどうか、すなわち増え続ける米国の対外赤字分だけ、海外民間資本の流入も増え続け得るのかの「持続性」にかかっている。米国のニューエコノミーは、それがもたらしたダイナミズムと資本利潤率の上昇によって、海外の民間資本を十分に引きつけてきた。実際、95〜02年まではそうだった。米国への直接投資や株式投資も増えた。だから当時は、それにつれてドルの実効為替レートも強くなった。

しかし、ますます増加していく対外赤字を十分ファイナンスできるだけの民間資本の流入「量」が確保されるかは、米国のニューエコノミーのダイナミズムや高い資本利潤率を前提にしても限界がある。実際、03年初め〜05年初めの2年間には、海外からの民間資本流入が減少し、その流入量が米国の経常収支赤字を下回った。その結果、ドルの実効為替レートは17%低下し、02年までのドルの上昇を相殺した。だが05年春以降、海外の民間資本の流入は米国の金利上昇を反映して増大し、膨張する経常収支赤字に匹敵するほどの量に達した。そのためこの1年、GDP比7%に迫る対外赤字膨張の異常性にもかかわらず、ドル価値は揺るがず、海外民間資本の大量の流入が米国のこの大きな対外赤字を「持続可能」にしている。

ドルが下がると米国の対外純債務は減る

異常性を説明する2つ目の要因は、米国のGDPに対する対外債務(ネット)比率が05年で20%にのぼるにもかかわらず、ネットの対外金利払いが依然としてゼロであることだ。純債務が大きく増えているのに、ネットでは金利を払わなくて済んでいるのである。なぜか。それは、米国の対外投資から上がる収益率のほうが、米国が海外から借りている金利より高いからである。米国の対外投資は主に直接投資や株式投資から成っているので、その収益率は高い。これに比べると、米国への資本流入は債券が多く、その利子率はあまり高くないのである。

この問題と密接に関連することだが、米国のネットでみた対外債務残高は、ドルが弱くなると、それにつれて減るのである。なぜか。米国の対外資産はドル安によって為替差益を得るからだ。例えば1ドル=120円で日本に投資していた米国の直接投資残高1ドルは、1ドル=100円のドル安になると、1.2ドルの価値(時価)をもつことになる。ドル安になると米国の海外資産残高はドル建てでは増えるわけだ。一方、米国の海外からの資本流入もドル建てで行われている。だからドルが弱くなっても自国通貨建ての債務残高には影響を与えない。

この点は、97年のアジア金融危機と決定的に違うところだ。当時東アジアは、海外からの大量の借金を自国通貨建てではなくドル建てで借りていた。自国通貨が弱くなると、ドル建ての借金残高は自国通貨で測ると急増し、バランスシートの負債残高が為替安とともに膨張して金融危機を迎えた。これはカレンシー・ミスマッチ問題と呼ばれる。対照的に、米国の海外債務は自国通貨であるドル建てで行われているため、カレンシー・ミスマッチは生じない。むしろ米国の対外資産残高はドル安によって増えるため、資産と負債の差し引きでみたネットの米国経済全体の対外バランスシートは改善するのである。実際、ドルが安くなった05年にはこの「為替差益」(バランスシート調整額)のため、米国の対外ネットの金利支払いはプ� ��スに転じた。これがまた、米国の膨大な対外赤字が持続する異常性あるいはパズルを説明する。


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アジア危機への誤った対応が国際資本を逆流させた

第2の大パズルに移ろう。それは今や国際資本が、伝統的な経済学に逆らって、世界経済の「周辺」にあるエマージング経済諸国から中心国・米経済へと流れているという異常性である。

これを説明する基本的な要因は、97年アジア金融危機の性格と、IMF(その背後にいる米国)の処方箋の間違いにある。アジア金融危機は「資本収支危機」であり、それまで途上国がよく陥っていた「経常収支危機」とは180度、危機の性質が異なっていた。伝統的な経常収支危機は、90年代初めまでにみられたように、南米やインドのような途上国で発生した。マクロ経済危機の原因は、これらの国々のファンダメンタルズが悪すぎたことにあった。つまり財政赤字が大きく、インフレが高すぎ、国際競争力が弱く、国内の貯蓄が低すぎて、経常収支赤字が大きくなりすぎるという性格をもっていた。その結界、外資が枯渇しIMFに駆け込んだ。

これとは全く違って、東アジアのマクロ経済のファンダメンタルズはかなり良好だった。それなのに、もっぱら銀行短資を中心とした国際資本の大流入と逆転大流出という「資本収支」の大攪乱から金融危機が生じたのである。この短期資本の大変動が先に触れたカレンシー・ミスマッチと重なって、海外から短資を取り入れていた東アジア諸国の銀行と企業のバランスシートを急激に悪化させ、国内の銀行危機と企業のバランスシートの深刻な悪化を生んだのである。

銀行が抱えた膨大な不良債権の処理と企業のバランスシートの再建は、銀行融資の減少や企業が債務返済を優先せざるを得ない事情と相まって、企業の設備投資を05年近くまで停滞させた。前述のファンダメンタルズの良さの一因である国内の貯蓄率/GDP比は非常に高いままで、設備投資/GDP比率が低迷したわけだ。当然、貯蓄超過の経済になってしまう。国民所得勘定上、国内貯蓄から国内投資を引いたものが経常収支だから、貯蓄が投資を上回った東アジア経済は、危機後今日まで、対外黒字を生むことになった。危機に陥った東アジア5カ国(タイ、韓国、マレーシア、インドネシア、フィリピン)は、危機までは一貫して経常収支が赤字だった。それがこの危機を境に、経常収支の赤字国から黒字国に転じたのは、こうした「� �本収支危機」の特性からきている。

この危機のもう1つの教訓は、資本収支危機の際には、IMF(したがって米国)は当てにならない、ということだった。国際短資の大流出は当然、東アジア諸国の外貨準備を枯渇させ、為替レートを暴落(50%!)させる。IMFにはこの為替暴落を防ぐに十分な量の外貨を供給する制度的仕組みが備わっていない。伝統的な経常収支危機の対応に必要な外資の量に比べ、資本収支危機に必要な外資はその何倍にものぼる。加えてIMFは、ファンダメンタルズの悪さゆえに発生する経常収支危機国に対する処方箋と同じ処方箋、つまりマクロ経済の引き締め(金利引き上げと財政引き締め)を、危機の性質が異なるにもかかわらず、東アジア危機国に適用してしまった。新しい病に古い処方箋による投薬をしてしまったわけだ。このため危機国の� ��業と銀行のバランスシートは一層悪化し、国内設備投資の低迷を長引かせる要因となった。

そこで東アジア危機国は、危機の後、今後も襲来するかもしれない資本収支危機に備えた自己防衛策として、自ら外資準備を積み上げる政策を取ったのである。中国は97年危機にこそ陥らなかったが、将来の自らの資本収支危機を恐れた。こうした外資の蓄積は、東アジア危機国にとっても中国にとっても、これまでとってきた為替レートを安めに抑え、輸出の増大をテコに経済発展を図るという政策とも一致した。


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これらの結果、中国をはじめ東アジアの外貨準備残高の水準は、将来の資本収支危機に備えても十分以上になった。このため、その余分な外貨をもっと収益の高い分野に振り向けることができないものかどうかが、新たな大問題として浮上している。

三角世界貿易構造と経常収支不均衡の関係

折しも01年の中国のWTO加盟の前後から、東アジア全領域に巨大な生産・流通のネットワーク、あるいはバリューチェーンが出来上がり、いわゆる三角世界貿易構造が構築されていく。これが今日の世界経常収支不均衡の背景にある世界貿易構造であり、米国と中国の貿易摩擦の根本原因となっている。というのは、中国は日本や韓国、台湾から技術的に複雑で高度な中間財(部品、コンポーネント、中間素材、部材)を輸入し、それを低賃金労働で加工し、世界の全地域に向けて輸出している。こうした中国の現代的加工貿易は、エレクトロニクス産業などに典型的にみられる。この産業内の長い生産行程が分断されて出来上がった多くの生産ブロックが、連鎖して東アジア全領域にバリューチェーンを生み、東アジア全体を世界の工 場にしている。こうした中国の加工貿易の8割は海外からの多国籍企業が行っているのである。

この三角世界貿易構造(日本・韓国・台湾→中国→米国・EUなど世界の各地)と世界的経常収支不均衡の接点は次のようになっている。中国は高度な中間財を日本をはじめ東アジア諸国から輸入しているが、米国からはあまり輸入していない。しかし中国が加工した輸出完成品は米国を含む世界のあらゆる市場に向かう。中国は米国に対しては中間財は輸入せず加工完成品は輸出するわけだから、中国の対米2国間貿易収支は当然、大きな黒字を生む。だが中間財を輸入する日本、韓国、台湾などに対する貿易収支は、中国からみれば赤字となる。その結果、中国の対米黒字は対アジア赤字によってかなり相殺され、04年の中国の対世界貿易黒字は1000億ドル、GDPでは3%前後にとどまっている(05年に黒字が急増するが、これは中国の景気� ��き締めによる輸入の減少と米国・EUの対中繊維輸入割り当ての撤廃による繊維輸出の増大という特殊要因のため)。

米国の貿易収支赤字は7700億ドル(04年)と、中国の対世界黒字の8倍近くもある。ここからも世界の不均衡の最大の責任が米国自身にあることが容易に分かる。しかし米国は、対中国との2国間貿易収支が、前記の三角世界貿易構造を反映して、米国にとって2000億ドルと米国の総赤字の3割を占めることから、中国の人民元の引き上げが米国の赤字を縮小するはずだと強弁する。これは経済学の根本原理に逆らっている。というのは、1国の為替レートは、米国であれ中国であれ、それぞれの国の対世界―2国間ではない―の収支をみて論ずるべきだからだ。そうでないと人民元はドルに対しては強くなり、貿易赤字を出している他のアジア諸国の通貨に対しては弱くなれという、珍奇な為替政策になってしまう。

「異常」な「持続性」はやはり崩れる

では今日の世界的不均衡の是正策はどうあるべきか。ここでも異常ないくつかの難題に突き当たってしまう。


第1に、前記した米国のニューエコノミーをもってしても、膨張し続ける米国の対外赤字を海外民間資本流入で量的に十分賄うのには限界がある。というのは、海外の民間投資家からみると、自分の資産に占めるドル建て資産のシェアが高まりすぎると、ドル為替の下落(つまり自国通貨の上昇)の際の為替差損が余りにも大きくなりすぎるからだ。そこへきて米国が次の不況に襲われると、米国の投資収益に対する魅力は落ちる。これらの結果、海外の民間資本の流入が米国の対外赤字に比べ相対的に小さくなる。こうして、米国の膨大な対外赤字の持続性を支えていた大量の海外民間資本流入の量的な持続性に限界がくるのである。そうなるとドル為替は弱くならざるを得なくなる。

深刻な問題は、ドルが弱くなっても、そのドル下落が米国の貿易収支(名目金額)を改善する保証は全くないことだ。ドルが弱くなると、米国の輸出価格が輸入価格に比べて相対的に上昇する。その価格の変化に反応して、米国の輸出数量が十分に増え、輸入数量は十分に減るかどうか。経済学でいう輸出と輸入の価格弾力性が十分に大きく、両者(絶対値)の和が1を超えるかどうか(マーシャル・ラーナー条件)。この条件が為替レートの変化が貿易赤字を縮小してくれるかどうかの鍵を握る。

ところが多くの実証研究によると、米国の場合、この条件が満たされていない。あるいは満たされていてもギリギリである。そのうえ、このマーシャル・ラーナー条件は貿易収支が均衡しているときの話で、今日の米国のように輸入が輸出の1.5倍もあるときには、上記の弾性値の和が1をはるかに超えていない限り、ドルが弱くなっても、米国の貿易収支赤字(金額)は減らないどころか、かえって増えさせする。

加えてもう1つ厄介な問題がある。米国の所得が1%増えたとき、輸入数量が何%増えるかという米国「輸入」の所得弾性値は、海外の所得が1%増えたとき米国の輸出数量は何%増えるか、という米国の「輸出」の所得弾力性に比べて1.5倍ほど大きい。ということは、米国のGDPがその他世界のGDPと同じ程度で成長していたのでは、米国の貿易赤字は大きくなるばかりなのである。米国の対外赤字を減らすには、その他世界のGDPの成長率が米国のそれをかなり上回る必要がある。

世界が突きつけられる「異常な注文」

以上から導かれる経済政策上の結論は深刻だ。米国の膨張する経済収支赤字を賄ってくれるだけの十分な量の海外民間資本は次第に期待できなくなっていく。米国のニューエコノミーのダイナミズムを考慮に入れても、海外の投資家の資産構成の中でドル資産のシェアが高まりすぎ、為替リスクが高まるからだ。そのとき「異常」な「持続性」は崩れ、ドルが大幅に弱くなる。だがそのドル安は、マーシャル・ラーナー条件を満たし切れない米国経済の下で、米国の対外赤字を減らしてはくれない。となると、米国とその他世界の内需成長率が大きく逆転するしか、今日の世界の不均衡は解決の道はない。

つまり、一方ではドル安に伴って、金利上昇と財政引き締めが同時に行われ、米国の内需成長率が大きく低下するしか、米国の輸入の減少を通した対外赤字の縮小はあり得ない。他方でドル安とその他世界の国々の為替レートが強くなる中で、その他世界がその内需の成長率を高めて米国の輸出を促進するしか米国の対外赤字は減らない。


米国が思い切った財政赤字の削減に踏み切れるか。米国の内需の成長を抑えることができるか。その一方で、その他世界の大宗をなす日本、EU、中国が現在以上にさらに成長率を高めることができるか。より正しくは内需の成長率をGDPのそれより高めることができるか。今日の世界不均衡の「異常な持続性」は、世界の経済政策に対しても、あまり実現しそうにもない異常な注文をつけているのである。

2006年5月22日号『週刊エコノミスト』(毎日新聞社)に掲載



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